2007年7月11日水曜日

プロローグ─構想12年、準備12週?!

いつか知らない世界へ行ってみたい!─大学を卒業する頃、ふと思いました。今から12年前のことです。それから「世界一周」への夢ははじまりました。その頃、日本でも世界遺産の登録が相次ぎ、国内の遺産にも興味があり、何ヶ所かは巡っていました。しかし、桁違いのスケールの自然、荘厳な文化遺産は世界中に点在していることを知ったのもその頃です。当時、世界中の遺産を巡る旅を敢行するなど夢物語に過ぎませんでした。おおよそ一般の人には考えられなかったはずです。

その状況を一変させたのは航空会社のアライアンスです。バッグパックを背負って歩きながら何年も掛けることなく、飛行機を乗り継いでの世界一周旅行が可能になりました。2007年の4月に日本航空が「ワンワールド」に加盟し、国内の2大航空会社がアライアンスの仲間に入り、世界が驚くほど近くなりました。僕もその初期の恩恵にあずかれたうちの一人です。

4月のある日上司に呼ばれ、今年度中に勤続の休暇が取得できることを知ります。初耳でした。節目休暇のことは知っていましたが、実は1年後と勘違いしていたのです。それから12週間、それは戦いでした。まずは費用の壁、そして時間の壁との戦いです。まずは行きたいところのリストアップ。800を超える世界遺産と世界遺産ではないけれでも行きたかった絶景スポット。「マイリスト」に載っては消えての繰り返しです。

それからは何万通りもあるフライトスケジュールの作成。アライアンスの航空会社をつなげての「試行錯誤のパズル」は何日も続きました。そして完成したのが、7月12日からの33泊37日、機中泊4回、総移動距離54,000マイルにおよぶ「弾丸トラベル」です。

この旅の旅程を聞いて2通りの答えが返ってきました。── 一つは「いいなぁ~」、もう一つは「クレージーだ!」 僕は後者だと思いますが…。

準備を1年がかりで考えていたのが、急転直下で決めてしまったのでハチャメチャの旅になってしまいましたが、今一番人気の世界遺産マチュピチュにも行くことができました。旅程の選定はそれなりのものができたと思います。それでは、世界一周の旅の記録をお楽しみください!