2007年8月12日日曜日

Day32─宇宙のささやき(エアーズロック)

今日は少し早起きしてホテルをチェックアウト。まだ午前7時前だったが、空の蒼さと住宅街の木陰から昇る太陽の赤とが絶妙なコントラストになっていて、美しい。昨日も利用したシティーレールのプラットホールへは歩いて10分足らず。その間、車が走っているのは時々見るも、歩いている人の姿を見ることはついになかった。朝早いせいだろうか。

今日は国内線での移動になるため、シティーレールで一駅だけの移動となる。にもかかわらず、料金は昨日と同じ。何て高いんだ! 5年前にオーストラリアに来たときはパッケージツアーのようなものだったので、電車で移動する機会はなかった。その時は1オーストラリアドルが80円くらいだったと思うが、その時に比べると現在は2割以上も円安になっている。余計にオーストラリアの物価が高く感じられた。

これから大陸ど真ん中にあるエアーズロックに向かう。シドニーからは3時間半強の移動になる。8時を少し回った頃、カンタス726便に乗り込む。実は、エアーズロックへは当初2泊の予定で考えていた。しかしながら、滞在3日目のフライトがどうしても取れなかったため、惜しいが1泊だけになってしまった。オーストラリアはいま冬だが、砂漠気候の内陸地域ではちょうど観光シーズンにあたるから思いのほか込混んでいるのだ。

真夏は50度を超える日もあり、観光には適さないため閉鎖されるようである。だからこのシーズンに観光客が集中する。しかも、当地への観光客は空港から車で数分のところにある「エアーズロック・リゾート」内で宿泊することが決まっており、他の場所で自由にキャンプを張ることが出来ない。当然、リゾート外に泊まるところも全く無い。因みにシドニーから飛行機を利用する人が多いが、すべて真昼に到着することになっていて、カンタスの場合1日1便しか飛んでいない。予約無しでここを訪れることはまず不可能と考えてよい。

離陸するとすぐに綺麗に区画整理されたシドニーの町並みが見えた。昨日行けなかったオペラハウスは機窓から眺めることになった。最初は緑に覆われた町並みが見えたが、内陸に進むにしたがって、次第に緑が少なくなっていき、代わりに土や岩石の赤茶色が目立つようになってきた。この大陸は想像以上に砂漠が多いところだと知った。そういえば近年の温暖化の影響なのか、この国ではここ数年旱魃がひどく小麦の生産が大打撃を受けているとニュースでいっていたことを思い出した。実際に砂漠化がどのように進んでいるかは、過去の状況を見たことがないので知らないけれども…。

離陸から2時間ほどして、進行方向左側に不思議な白い湖のようなものが見えた。キャビンアテンダントによると塩湖だという。こんな景色は始めて見た! それからはずっと窓に釘付けになって眺めていたので、着陸までの時間を気にすることはなかった。そして遥か向こうにカタジュタ、手前にウルル(エアーズロック)の一枚岩が姿を現した。

砂漠のど真ん中の空港に着陸し、タラップで飛行機を降りて空港の外の景色を撮ろうとカメラを構えると、警備員に制止された。どうやら周辺は撮影禁止のようである。近年のテロ対策なのか、それとも先住民との約束なのか分からないが、日本では許されることでも郷に入れば郷に従えである。

飛行機の到着に合わせて2台の観光バスが待機しており、行き先のホテルによって分乗するようである。係員に行き先を尋ねられた。僕が泊まる「デザートガーデンズホテル」に向かうのは奥にあるバスだ。ドライバーは慣れたアナウンスで旅行客を楽しませてくれる。だが、途中で見えることを期待していた一枚岩はほんの少し顔をのぞかせるだけだった。実は、リゾートからエアーズロックへは10数キロほど離れているのだ。

朝早くから出発し半日かけて移動したので、少しばかり疲れを感じた。ホテルにはたくさんの旅行客が同じバスから降りたため、チェックインしてカギをもらうだけでもかなりの時間が掛かった。ここはホテルという名がついているが、敷地内に長屋風の建物が複数あって、雰囲気的にはリゾートのような感じだ。僕はその中でも最も奥の方にある、「gun coolibah」いう名の建物に泊まった。

しばらく部屋の備品の位置を確認したり、ベッドで横になったり、外の景色を写真にとったりして過ごした後、ホテル正面近くのビジター・センターに行く。明日のサンライズ・ツアーの予約と、朝食の変更のためだ。今日の夕方からは、夕日に照らされるウルルとカタジュタの景色を眺め、そのあとディナーと星空観賞を楽しむ「サウンズ・オブ・サイレンス」ツアーを予約している。バスの出発は5時なので、それまでの1、2時間はもう一度部屋に戻って横になることにした。

予定通り、出発時間前に正面玄関に着いたが、僕が参加するはずのツアーの案内がまったくない。英語を聞き逃すことはこれまでなかったので、かなり不安を感じる。次々とバスが出発し、どんどん不安になる。この時間帯に出発するツアーはたくさんあって、バスに乗り間違えると全然別の場所に行くことになってしまう。ホテルでの夕食を予約していないので、食事つきの目的のツアーに参加できないと何も食べられないことになってしまう。ついに、係りの人に、「サウンズ・オブ・サイレンス」に参加することになっていることを告げたら、すぐに前のバスに乗れと言われた。

バスは舗装された道を20分ほど進んだあと、赤茶色のデコボコ道に入る。右に左に何度も揺られながら10数分走った後、何も無い砂漠の広場に停車した。そこからは車が通れない細い道を1、2列になって歩いて進む。広場にはテーブルにシャンパンとジュースのグラスがたくさん準備してあった。促されるように行き、シャンパングラスを頂く。砂漠のど真ん中でグラスを片手に、夕焼けに浮かぶ一枚岩を見る贅沢な気分に浸る。しばし時が経つのを忘れさせてくれる。

砂漠の夜は驚くほど早くやってくる。さっきまで青々としていた空は、真っ赤に染まり、いつの間にか漆黒になっていく。それに従って、暑かったくらいの気温は急速に下がって、どんどん寒くなってゆく。午後6時半過ぎだというのに、気温が1桁にまで下がったように感じられた。

シャンパンパーティーが終わると、いよいよメインのディナーが始まる。10個ほどの円卓を自由に囲むが、僕はガイドに進められ、非英語圏の旅行客の円卓に座らせてもらうことになった。このツアーは英語限定なので、日本人はおろか東洋人は僕一人である。

同じ席には、イタリア人とスペイン人だった。僕は先月から世界一周していて、たった2週間前にイタリアにもスペインにも行ったと言ったら話が盛り上がった。スペインの人はバルセロナ出身で、僕はマドリッドをちょっと寄っただけだといったら、今度はぜひバルセロナを訪ねてほしいといわれた。

食事はバフェット形式だったが、料理自体は手が込んでいてこれまでにないほど豪華なものだった。砂漠の広場に長いテーブルがあり料理が並んでいる姿はいかにも不釣合いだが、これがまた面白いものである。さながらホームパーティーの様相である。総勢で数十名のディナーだから、テーブル毎に順番で自分のお皿に盛り付ける。

僕たちの順番は後半だったため、最初のグループが乾杯してから30分以上待たされた。夕刻7時を過ぎ、辺りはすっかり真っ暗になっていた。テーブルの間には3メートル以上の高さのランタンが据え付けられ、燃えるような赤々とした明るい色とともに温かい風が吹き込んでいる。それでも、テーブルでじっとしていると凍えるような寒さだ。僕も周りの人もみんな、ジャンバーやコートなどそれぞれの防寒対策をしていた。

僕たちのテーブルは乾杯を4回した。英語、イタリア語、スペイン語、それから日本語で。お互いに何を喋っているのかは、ほとんど分からない。話が盛り上がるのはやはり出身国どうしのようだ。実は僕を除くとガイドの1人だけしか英語が話せないので、ガイドを介してしか話題に入られない。ただ、彼は英語、イタリア語、スペイン語とも堪能だから、全員と会話することができる。彼の英語は母国語ではなかったので、話すスピードも比較的ゆっくりで聞きとりやすかった。

今回の旅ではこれまでいろんな国に行ったが、どこへ行ってもイタリア人とスペイン人は多く見かけた。どうやら旅好きの民族なのかもしれない。ヨーロッパの他の国だけではなく、アフリカでも、南米でも見かけた。旅を始める前は、英語だけで不自由しないと思っていたが、今となっては、彼らの言葉も理解できればどれだけ楽しさが増えるだろうと思う。いつか彼らの言葉をマスターして行く先々で旅の情報交換ができればと思う。

民族楽器の演奏を聴きながら食事を楽しむ。お皿に一杯盛り付けた料理を平らげると、お替わりがいらないほどお腹が膨れてきた。デザートとコーヒーで締めると、いよいよスタートークの時間だ。このディナーのクライマックスである。星座を説明するナレーションに注目し、皆一斉に上を向く。冬の砂漠の宙は真空のように澄み切っていて、一点の曇りも影も無く、ストレートに星の光が伝わって来るようだ。こんな綺麗な星空はアフリカ以来だ、あるいは、それ以上かも知れない。

はるか彼方に南十字星も見える。南半球でしか見られない輝き。一通り説明が終わると今度はテーブルから少し離れたところに設置された望遠鏡で星空を眺める。月のクレーターや土星の輪もしっかりと見られた。

今回の旅で最も贅沢なディナーが終って迎えのバスに乗り込む。リゾートの夜は物音一つしない静寂に包まれ、宇宙のささやきだけが聞こえてきた。