2007年8月13日月曜日

Day33─展示しない資料館(ウルル[エアーズロック])

まだ空の色が暗い早朝、ウィンドーブレーカーを羽織って部屋を出た。膝上ほどの高さの照明灯を頼りに通路伝いに歩く。

朝5時にフロントデスクで前日に予約しておいたサンドウィッチに菓子パンとジュースの朝食パックを受け取り、早いチェックアウトを済ませる。そして、大きな荷物を預けて待機していたバスに乗った。窓際の席を確保し、出発前の数分のうちに朝食をかき込んだ。僕らが泊まっているホテルがサンライズ・ツアーの発着地点だったので、途中付近の別のホテルやロッジに立ち寄り、他のお客さんをピックアップしながら早朝のウルルへ向かう。30分ほど走ったのち、5時40分過ぎに、サンライズ・スポットに着いた。

太陽はまだ地平線下にあり、寒さが身にしみてくる。それなのに、別のツアーバスの客や大型のバンで来たキャンピング族たちが早くも陣取っていた。日の出とともに燃ゆるように赤く映えるウルルが見えるこのスポットは、エアーズロックリゾートを訪れる者が必ずといっていいほど来る場所である。真冬の朝に長い時間待たされるのは決して楽ではないが、それを差し引いても余りある素晴らしい景色が見られるとあって人気が高い。

バスを降りて道路を挟んだ先にはロープが張ってあり、その先に巨大な一枚岩が堂々とした姿で立っている。それでもまだ周囲は暗く、わずかにその輪郭が分かるくらいだった。バスが停車している道路の反対側を見てみると、僅かに生えた木々のはるか向こうの地面すれすれからだんだんと明るくなってくるのが見えた。それでもまだ上空は依然として暗い。が、それも段々と明るいオレンジ色に染められてゆく。

再び振り返ってみると、ウルルの輪郭がようやくはっきりと見えてきた。赤茶色の大地と空の間を分けるように濃緑の木々が立ち並び、その上に頭を出している一枚岩が明るい赤色に変わってゆく。それを追いかけるように空の色もしだいに明るくなってきた。

僕は一枚岩を遮る木が低く見えるベストポジションを探すため、バスが停車している道の先を行く。誰もいないところまで歩を進めたが木が邪魔をしていて見づらかったので、今度はバスの後ろ側に来た道を戻った。そこは既に10数人の見物者が固まっていた。さらには、人の気配はなかったがキャンプ用の小さなパイプ椅子が何脚も一直線に並んでいた。やはりこの辺りがビューポイントとしては良さそうだ。

到着が比較的早かったので込んでいるところまでには至っていない。パイプ椅子の列から少し外れたところには誰もいなかったので、そこで落ち着いた。保護用のロープのギリギリ手前まで行ってデジカメでアップで撮影する。とりあえず日の出前の1枚が撮れたので、次は岩が真っ赤に映えるまで赤土の地面に座って待つことにした。

そして少し後ろに下がって遠巻きに見る。今度はリュックに入っているムービーを取り出す。夜明けから太陽の光が差して真っ赤に染まるまでの一部始終を動画でおさめるために。手がぶれない様に地面に直接座って膝で肘を固定し、レンズを少し上に傾けてみる。それからスタートボタンを押し、空が次第に明るくなるさまを記録する。岩と空の色が明るい色に変化していく様子は液晶のモニター越しでもじゅうぶんわかった。


最初の暗いところから夜明けまではかなりの時間がかかったように感じられたが、ひとたび明るくなり始めるとすぐに昼の景色に近づいてゆく。深い赤にまさに染まろうとする時、ムービーを一時停止しデジカメでも撮影。明るくなると、時間を惜しみつつバスに戻る。バスが停車した付近ではテーブルに温かい飲み物があったが、それに気付くこともなく赤い夜明けを見るのに夢中になっていた。

それからは一枚岩のすぐ傍まで案内される。今日一日泊まる時間がある客は途中で降車し人気のクライミングスポットに行くことができるが、残念ながら僕は帰りのフライトの時間が早かったので、最後までバスに残るグループに属して、バスで一周するツアーに案内された。8時20分頃に岩が近くに見えるスポットに停車しバスを降りた。

ここから10分ほど散歩道を進む。ところどころにある足場や手すりも、それから駐車場近くの休憩場所さえも茶色系に色塗られ統一感を見せている。この場所は岩と赤土の景色に溶け込むように、微に入り細に至るまで徹底して周辺環境との調和にこだわっているのが感じられる。それは岩の周辺の公園内に留まらず、リゾート内の建物の塗装にまで及んでいる。

バスを降りたときに既に気付いたが、一枚岩の様子はガイドブックの写真やテレビの映像で見るものと随分違って見えた。エアーズロックといえば、幾何学的に台形をした一枚岩と思っていたが、実際に見てみるとその角度によって様々な表情を見せる。中には現地で神聖な場所とされ写真を撮ることが禁じられているところがあって、ここに来た者にしか見られない景色もある。また、ところによっては風化が進み砂のごとく削られているところもある。それから、どう見ても1枚には見えない複雑な山が折り重なる造形美を見せているところもあるのだ。

中でも衝撃的だったのは散歩道の終わりに見えた池だ。時々にしか降らない雨であっても、悠久の時間を経れば岩肌を削り取って谷間を形成し、その間から水が流れている痕跡を確認することができる。ただし、今は岩の間に流れていなくて、その下にだけ蒼い色をした水が溜まっていた。気まぐれに降る大雨が岩に染み込み、束の間の滝を作り上げる奇跡は想像を絶するものだ。

この岩は様々な表情を見せており、少し離れたところでも二つとして同じような映像を切り取ることができない。まさに多様性に満ちている。


さらには場所によって光と影の競演により岩の色は無数になる。影の部分からのショットでは澄み切った空の青と黒い岩肌からなる影絵のようなコントラストを形成する。

再び散歩道を戻って洞窟に案内される。いつの時代のものかは分からなかったが、動物や幾何学模様など複数の絵が線画で描かれていた。赤、白、黄色などの顔料はつい最近描かれたものと感じられるほど鮮やかに見えた。今日、岩にクレヨンで書いたものが数千年後に残っているなど、とても想像できない。昔の人がどのようにこの絵を残したのか、疑問は募るばかりだ。

おそらく、後世代々に渡って自然の恵み、それから獲物にありつけるように願って残されたものと思う。どの場所も絵葉書になるような景色を収めるため沢山の写真を撮りながらバスに戻った。

最後に訪れたのは1995年に開館された「カルチュラルセンター」と呼ばれるところだ。ここはウルルと先住民族であるアボリジニーとの関わりを紹介する資料館だ。ここには当時の暮らしの様子や文化、現在の問題に至るまで様々な角度から展示がされている。写真や絵もふんだんに用いられ当時の面影を感じさせる遺産が数多くある。しかしながら僕が最も衝撃を受けたのは、この資料館がたった一点において他の資料館と全く異なることを知ったことだった。それは、ここが世界でも珍しい「展示しない資料館」ということなのだ。

普通の博物館や資料館はスペースの問題は別にして、展示できるものはすべて展示するものが普通だ。しかし、この資料館には至る所で、写真や絵が黒いビニールに覆われていて全く見ることができないものの、説明書きだけは書かれている展示物がある。つまり、アボリジニーにとって聖地であり、神聖で侵すべかざるものには敢えて展示をしない選択をしているのだ。

後で気付いたが、その中でも最も典型的、かつ、最大のものはウルルそのものだと思う。それは、ある方向に行けば撮影禁止の看板が立っていることからも確かなことだ。

次に驚いた点は、この世界遺産は(おそらく唯一と思われる)原住民からの「貸与物」であることだ。僕はその事実をここに来て始めて知った。ここは、先住民族のアボリジニーからオーストラリア政府が99年の借用権で貸与され、公園として整備されているのだ。そのため、環境への配慮など両者で細かな取り決めがなされている。 観光客が唯一のリゾートエリア以外での宿泊が許されないことや、土の色にマッチングした建物や看板の色使いから、写真撮影や展示品への対応までの沢山の細かなルールがあることの謎が一気に解けた気がした。この場所は世界遺産であると同時に、原住民にとってはかけがえの無い聖地である。

僕たちのように外からきた者はそれを理解し、尊重し、畏敬の念で観なければならない。アジアからの観光客はとにかくこの岩に登りたがるが(今日は風が強くて登れなかったそうであるが)、原住民は決して登ることは無いし、心底登って欲しくないと思っている。欧米からの観光客も登ることに拘っている人は少ないといわれる。成熟した旅人はそういったことを尊重することから始まると僕は信じている。ここは我々は大いに学ばなければならないことだと思う。そのことが、後世にわたって「世界中の人のための」遺産となり続ける必須条件だと思う。僕はもし今度ここを訪ねられたとしても敢えて登りたくはないと思う。

10時半頃にホテルのあるリゾートに到着。空港行きの連絡バスが正午頃に出発するまでの1時間半ある。景色を見たり写真をとるために周辺を散歩したが、リゾートに戻ってからも1時間ほどあったので、リゾートの敷地内のうち沢山の店が立ち並ぶリゾートで最も賑やかなエリアにある郵便局でポストカードとハガキを数枚買った。そして、近くのレストラン兼カフェでケーキとアイスコーヒーを注文し、旅の便りを書き綴った。リゾートらしく高い飲食代だったが、少しでも時間があったらカフェに立ち寄りたい習性はそう変えられるものではない。バスの出発まで1時間を気っていたが、思ったように筆が進み3枚を一気に書き上げた。切手を貼って郵便局で投函し、ダッシュでバスの出発口になっているフロントに向かう。荷物を受け取ってバスに乗ったのは出発予定時刻の5分前だった。

帰りのルートは行きとは変わらないのに、予想以上に早く感じられた。はるか先には今回は訪ねることがなかったカタジュタの大岩がかすかに見えた。空港に着いて出発までの間、両親へのお土産のポロシャツと自分へのプレゼントとして早朝に見た燃えるような赤いフリースのコートを買う。そしてシドニーへ向かう飛行機に乗り離陸を始めると、眼下の一枚岩が一層、堂々たる姿で立っているように感じられた。

今日はシドニーで飛行機を乗り換えを経てブリスベンまで行く。シドニーでの待ち時間の間に、出発前に連絡を忘れていて気がかりになっていた、翌日の宿泊先へ向かうバスを予約できた。半日の移動でブリスベンに到着はしたときはまだ夜の9時前だったが、シティーに直行する最終電車も既に出た後だった。もうだいぶ旅慣れてきたのか、すぐにジャンボタクシーを手配し宿泊先に向かった。