749便は定刻にヨハネスブルグ空港に着く(ところだった)。飛行機は順調に飛び続け、着陸までは何の問題も無かった。しかし、空港に到着するや、途中で立ち往生し、いっこうにターミナルビルへ向う気配が無い。ほどなく、四方から消防車とパトカーが廻りを取り囲んだ。だれかが「ファイヤ」というのが聞こえた。窓越しに景色を見るも、煙が出ている訳ではない。
30分くらいしただろうか、ようやく消防車が撤収をはじめ、何事も無かったように飛行機はターミナル方面に向かった。いきなりのピンチか、それとも、「ファイヤ」は単なる狂言か? 詳しいアナウンスはあったのか無かったのか、あっても気付かなかったか、とにかく真相は分からずじまいで飛行機を後にした。
飛行機はターミナルビルまで行かずに、タラップを降りたところにバスが待機していた。日本ではターミナルビルとの直結が多いが、ここアフリカでは飛行機を乗り降りするのにバスで移動するのが主流のようだ。バスに乗り換えるちょっとの間だけ、外の空気に触れることになったが、予想以上に寒い。手もとにあったキーホルダー型の温度計は2℃を指していた。朝7時。アフリカがいま冬であることに始めて気付いた。(その後、気温はぐんぐん上がっていき、乗り換えの便が出発する頃は初秋の感じだった)
トランジットの手続きは時間こそかかったが、それほど厳しいものではなかった。旅行ガイドブックによると、当地は治安があまり良くないとあったが、空港、それも、国際線の乗り換えに限って言えば、何の影響も感じなかった。
時間があったので、手もとのドルのトラベラーズチェックを現金に換える。空港の換金率は悪いとはいうものの、20%も持って行かれるのは予想外だ。最初は「コミッション」の意味が分からなかったが、ほどなく手数料であることに気付いたときは遅かった。ちなみに、米ドルの現金をそのまま持っていれば何の問題もなかったことに気付いたのだが、あとの祭りだった。
ドルの現金を持っていなければならないのには理由がある。目的地のジンバブエについて、「クレジットカードが欧米ほど普及していなくて、かつ、現地通貨がハイパーインフレを起こしているために、旅行者は米ドルを持っていったほうが得策」との記事が旅行ガイドに書いてあったのだ。束の間の休息を兼ねて、ポストカードや民芸品のみやげ屋を歩く。そして、近距離線の出発ロビーに向かう。アフリカの匂いを感じた…。
約1時間半のフライト。
緑の中にビル群が目立つヨハネスブルグとは似ても似つかない風景がそこにはあった。砂漠の中に数えるほどに少ない木々の広大な景色の中に、突如滑走路が現れ、ほどなく着陸した。本当にこんなところに「世界三大瀑布」の一つがあるのか?と疑問さえ持ってしまう風景。空港も簡素なものだった。およそ国際空港とは考えられないほどシンプルな造り。入国手続きも問題なく進んだ。さあ、リムジンバスで拾おう!すべて順調なはずだった。ところが、空港ターミナルに行くと、それらしきものは一切見当たらない! 代わりに旅行客の名前を書いたボードを持ったドライバーが何人もいる。もちろん、予約をしていない自分の名前など、あるはずも無い。ほどな、く自分に足が無いのを察知されたか、しきりに「タクシー タクシー」と叫ぶ男性が近づいてきた。これはやばい!と思った。
あまりにしつこく来るので、英語で「自分はタクシーを待っているのではない、トイレに行くだけだ」と言ってその場を離れようとした。すると、そんなことはお構いなく、トイレの場所まで案内してきた。荷物に全神経を集中し、トイレのドアを閉めて、「地球の歩き方」の切れ端を探した。「空港から宿泊先までおよそ22km、タクシーの相場は20~25ドル…」 速習で情報をインプットしてから、トイレを出た。
その男性は外で待っていた。「では行こう!」と、私の腕をつかむ勢いだった。とにかくホテルの場所を告げ、いくらで行くかと訪ねると、30ドルで行くという。少し高かったが、それ以上に追加することはないのか念押しし、そのタクシーに向かった。
心配は杞憂だった。ダッシュボードには「エアポートタクシー」の顔写真付きのIDカードが置いてあった。
そもそも、空港の敷地内には、旅行者のレンタカーや公認のタクシーでないと入れさせないようだ。怪しい人物ではなかったことにひとまず安心。砂漠の中の道路を高速で走る。真っ直ぐの一本道のはるか先に水煙と緑が見えた。午後3時、ホテルに到着。辺りはだんだんと暗くなり始めた。移動疲れで何もする気が起こらなかったため、翌日のラフティングツアーの予約だけ済ませ、その日はゆっくり休むことにした。