クルーズ船の旅は、日本にいるとき、出発の2ヶ月ほど前から予約していた。3泊4日のクルーズは、春と夏のあいだ、金曜日の昼前にアテネのピレウスを出航し、週明け月曜日の朝に帰航するスケジュールで運行している。今回の旅は、このスケジュールから逆算し、出発2日前の水曜日にアテネに着くように、前後のスケジュールを調整した。だから、このクルーズは旅のクライマックスといってもいい。日程的にも、旅の中間点であるから、ちょうど旅疲れがピークに達するとみて、泊まるところや食事、観光など、あまり神経を使わなくていいように考えた。
実際に行きたかったのは、初日の夜に訪れるミコノス島と、最終日の前日に訪れるサントリーニ島の2つだが、飛行機で行くと費用は高くつくし、なにしろ島に行った気分になれないから、船で行くという選択は外せなかった。
ピレウスの港にはたくさんの埠頭があり、行先によって使用するところが異なっている。事前の情報によれば、エーゲ海のクルーズ船が発着する埠頭は、ピレウス駅から最も遠い位置にある。おそらく、市民の足ではないためであろう。タクシー運転手さえ多少迷ったくらいだから、その場所自体あまり知られていないのであろう。
さて、僕の場合、一人旅だったから、クルーズをダイレクトに申し込んだが、申し込みをした東京の代理店によると、ほとんどがツアーの一環として組み込まれていることが多いとのことである。ただ、船の規模は相当あるから、いろんなツアーからやってくる乗客が集まると、毎回最低10カ国以上と交流することになるようだ。
タクシーで埠頭に乗りつけたときには、既に大型の観光バスが何台か駐車してあって、乗用車も何台かあった。想像するに、バスは(おそらく日本の)ツアー客とみた。乗用車は地元の乗客、レンタカーならおそらく、他の国の家族連れであろう。乗船手続きをしていると、それがあながち間違いではなかったことに気付く。実際、ギリシアからの乗客はかなりいたし、日本からの乗客は(僕以外は)すべて、2つの旅行代理店の主催するツアーからの参加であった。後で聞いた話によると、日本を含め20数カ国から参加があったそうだ。
乗船手続きをしているときに問題が発生した。乗船に必要なパスポートが無いのだ。確か、必ず必要というから、左ポケットに入れたはずである。もしかしたら、はじめに大きな荷物を預けたときに、その中に入れっぱなしにしてたかも知れない。船に先に入れられては大変だということで、回収を急ぐ。中を引っ張り出して探したがやはり見つからない。係りに告げても、いまここで見せよと取り合ってもらえない。焦る気持ちを抑えるつつ、手持ちのリュックを開けると出てきた。一安心というところだ。パスポートを提示して、予約していたキャビン番号が書かれた申し込み用紙のコピーを渡す。
僕自身、船で1泊以上過ごすのは、人生初めての経験だ。まず驚いたのは、出航後まもなく避難訓練があったことだ。現在、クルーズ船の乗客は、国際海洋法に基づき、乗船後24時間以内に避難訓練をすることが義務付けられている。暫くすると船内アナウンスがあり、キャビンにあった救命胴衣を身につけて指定されたデッキに集まる。ここで初めて、今回ツアーで参加した日本人と合流した。日本人に会うのは久しぶりである。避難訓練の時間は全ての船内サービスを休止するとあったが、写真スタッフだけは撮影中である。これも思い出の一つ、あとで船内に展示し、欲しい人に販売するそうである。それが終わると、乗船後最初の食事。意外と忙しいあいだに時間が過ぎていくものだ。
6時間半はあっという間に過ぎ、最初の寄港地、ミコノス島がいよいよ見えてきた。夕方6時30分、ほぼ定刻で入港。30分ほどして、僕が乗るテンダーボートがやってきた。
たとえ一人旅であっても、そばにツアー客がいるといろいろと便宜を図ってくれることが多い。アフリカの時もいろいろ助かった。今回は、日本から2グループのツアー客がいたことで、日本人スタッフが一人乗船することになった。もし、僕一人だけだとそんな取り計らいはあり得ないだろう。そのスタッフからミコノスのお勧めスポットを聞いてみる。
ミコノス島の路地は迷路のようになっている。まっすぐ行っているつもりでも、気付けばあれっ? となっていることが多い。実際、何度も迷っては時間が過ぎていく。絵葉書を買うのを口実に、詳しく道を教えてもらう。迷路と格闘しながらも歩を進めると、一瞬ひらめきが頭をよぎった。正面をみつめるとカストロズバーの文字が。
ここはほとんど観光客だから、文句を言う人は誰一人いない。頼めば快く席を譲ってくれる。譲り合いながらみんなで楽しむのがミコノス流だ。運よくクライマックスを店で迎えることができた。この景色を「プライスレス」だとしたら、カクテル代の数ユーロはタダみたいなものだ。
店を出て、迷路に苦戦しながらも急いで風車に向かう。夕日に映える風車は諦めなくてはならなかったが、なんとか風車群にもたどり着くことができた。その帰り、ビーチ沿いのレストランで夜を楽しんでいる人達に出会うが、出港が迫っている僕たちにはそれはかなわない。これはここに泊まる人たちの特権だ。この楽しみは次回にとっておこう。出港の直前、最後にひと目ペリカン君を見ることができた。わずか数時間しかいなかったのに、何日も泊まっていたかのようにさえ錯覚する、濃密な一日だった。