2007年7月28日土曜日

Day17─エフェソスの猫(トルコ・クサダシ→ギリシア・パトモス島)

ミコノス島を出て8時間。船はクサダシの港へ着いた。ここはトルコにあるエーゲ海側の交易拠点として栄えたところであり、クルーズ船のような大型船が接岸できる港がある。実は、昨日いたミコノスはギリシアだから、ここへ寄港する直前に海の国境線をわたっている。上陸にあたって、パスポートが必要と思われるかもしれないが、実は不要だ。その理由は、クルーズ船のIDカードがパスポートを兼ねているからである。

昨日アテネのピレウスを出港する直前に、パスポートを預けるのを条件に船のIDカードを発行してもらっている。このカードはクルーズの間常に携行することになっている。あらかじめこの船のルートが決まっていて、今朝ギリシアからクサダシに入り、昼にはまたギリシアに向けて出ることになっているから、クサダシの港で出入国手続きを敢えて行う必要は無いのだ。後でパスポートを確認したら、ミコノス島でギリシア出国、次の寄港地パトモス島でギリシア入国、それぞれのスタンプが押されてあった。クサダシで全員が下船するとは限らないから、トルコの入出国スタンプは省略しているのだろう。

この町はトルコには属しているが、実際はギリシア、つまりヨーロッパとのつながりが強い。というのも、イスタンブールへ陸路で移動するにはかなり遠いが、ギリシアとは古くから海の道でつながっているからだ。実際、港の近くのクサダシバザール(市場)では、トルコリラに加えて、ユーロが普通に使える。この場所を訪れる人の大半は、僕たちと同じようにギリシアからのクルーズ船を経由してきているようだ。昨日朝、アテネのピレウスをほぼ同時に、2つのクルーズ船が出発した。自分たちの乗っている「オーシャンズモナーク号」ともう一つは「エイジアンⅡ号」である。両者は同じルートを航海し、停泊するのもほぼ同じ時刻だ。最大でも1時間のずれだったと思う。

クサダシは、昨日行ったミコノス島とは比較にならないほど開けている。ミコノスがリゾート地だとすれば、こちらは完全に都市だ。とくにここ近年のマンションの建設ラッシュは著しいとのことである。こちらでお世話になったトルコ人添乗員は、古きよき風景が年々失われている。昔のほうがよっぽど良かったと嘆いていた。

昨日は自由散策だったが、今日と明日はそれぞれの寄港地で上陸観光ツアーがオプションで選べるようになっている。上陸観光には、現地添乗員が同行するが、言語は、乗船している人達の人数に応じて用意するようである。現地のギリシア語に加え、言語人口が多い英語のツアーは間違いなくあるが、日本語は基本的には無い。ただし、日本からの乗客はパッケージツアーの一環として参加している人が大半だから、催行会社が準備していることが多い。オプショナルの上陸観光のため、全員が参加するとは限らず、自由行動するツアー客もいる。

今回、クサダシのエフェソス遺跡の上陸観光を選択した日本人は私とツアーで参加している2人だけだった。参加者が少なかったので、日本人ツアー客向けに対応してくれるはずのトルコ人添乗員が日本語で案内してくれることになった。クサダシの港には観光バスが待機していて、フロントガラスにツアー名と使用言語が書かれている。事前に、日本語ツアーのバスに乗っていいと聞かされたのでそちらに乗る。しばらくしてバスが出発。まずはエフェソスの方面に40分ほど走り、「聖母マリアの家」へ向かう。

この地は、聖母マリアが最後にお住まいになった場所、と言い伝えられて、昔から巡礼の地とされてきた。現在では、最後の場所であることの確証が学問的に証明できているわけではないが、一時期を過ごされた可能性が高いと言われる。1891年に発掘調査が行われ、1世紀と4世紀の壁の跡が残っており、7世紀には聖堂が建て直されたことが明らかとなった。

現在の聖堂は1951年に完成。現在でもたくさんの人が巡礼に訪れているようだが、地元ガイドによれば最も混雑するのは、やはりクルーズ船が寄港する日だと言っていた。現在では、巡礼というよりも観光で来ている人も多いようである。聖堂の中には入ることもできる。中は厳粛な雰囲気が漂う。聖堂から少し離れたところにアーチ型の窪みで模られた3箇所の水場がある。それぞれ、愛と健康とお金の願いをかけるところだ。欲張りに全部行く人もいるが、一目見ただけで「愛」が少なく「お金」に最も多くの行列ができているのがわかる。現代社会の欲望を垣間見たようであり、何だか嘆かわしい気もする。

10分ほど車を進めると景色は一変し、巨大な遺跡群が出現する。僕は遺跡マニアではないが、そういう連中にはたまらないところだろう。エフェソスの遺跡は、イタリアのポンペイと並んで、町全体の施設が残っている貴重な遺跡群である。あまりにも巨大なため、修復も未だ手付かずで残っているところも多く見受けられる。きれいに修復された建物のすぐ脇には、無残に曝け出された大理石の欠片が横たわっている。建物の修復作業は難航を極めているようだ。あまりにも大量の大理石が散乱しているため、どの位置にどう配置されていたのかを特定することが非常に難しく、巨大なパズルをひとつひとつ紐解くように、膨大な時間をかけて作業するのだ。これらの石がもとの立派な建物として日の目を見るのは、いったい何時になるのだろうかと思うと気の遠くなるような思いだ。

今自分たちが歩いているのも大理石の上は、アテネのアクロポリスでもそうだったが結構滑るのだ。それは昔も変わらないようだ。石には無数の滑り止めの線が刻まれている。途中の道で、遺跡の上にちょこんと座っている猫に出会う。威風堂々としたその姿は番人のようにも見える。あるいは昔ここを治めていた権力者の生まれ変わりか? しばらくすると足を丁寧に舐めまわす姿を見た。やっぱり普通のかわいい猫ちゃんだ! しばらくして大きな翼をもったニケの像に出会う。この形は、世界中でスポーツグッズを展開するナイキのマークのモデルになっているものだ。そして、この遺跡の中で圧巻のなのが、大きい門構えを擁する図書館跡である。ついに現したその姿は、繁栄の時代を今に伝える立派なものだった。最後に、エフェソスの大きさを感じることができるスポットに向かって、ショットを収める。

バスでクサダシの港に戻り、出港までの休憩時間を過ごす。地元の茶店でチャイを戴いた。すすめられたのはアダチャイといわれるもので、きつい香りがする葉にそのままお湯を注いで戴く。からだにはいいよといわれたて飲んだが、漢方薬のような味がする。旅行中不摂生はしていなかったつもりだが、知らず知らずやってしまっているのかも。パンチの効いた味だった。

─────────────────────
クサダシを出ると再び海の国境を超え、ギリシアに入った。僕は、連日の行程で疲れていたので、パトモス島に入るまでしばらくゆっくり休んでいこう、と思ってキャビンで寝ていると、知らない間に時間が過ぎていた。船はほぼ定刻の午後4時半パトモス島に入港している。キャビンの窓から外を見ると、船は止まっているように見える。またやってしまった!

実は、下船の順番は決まっている。全乗客が一度に降りられない手前、上陸観光の申込者が優先的に先のテンダーボートに乗り込むことになっている。つまり、寄港30分前、今回の場合は4時にはデッキで待機する必要があるのだ。既に30分遅れで飛び起きて、デッキへ慌てて向かうも、ツアー参加者の上陸は既に終わっていて、バスも発車してしまっている可能性が高いとのこと。今回も、事前に日本語ツアーのバスに乗っていいとのことであったが、それには乗れない。ツアーに参加できなくても、上陸はできるのでとりあえずは行けばどうかと言われるままテンダーボートに乗せてもらった。

上陸すると、先回りしていたスタッフに呼ばれチケットを見せたが、やはり既に出発済みとのこと。あきらめて港周辺の散策に切り替えようとしたところ、思わぬ提案があった。

もうひとつのクルーズ船「エイジアンⅡ」が用意していたオプショナルツアーに参加すればいいとのことである。ツアーは英語だが、申し分ない。この粋な取り計らいにより、港で待ちぼうけをしないで済む。ただ、出発が30分遅いため、出港までに間に合うことができるかという不安があるが、とりあえず封印しておく。途中で自分のツアーのバスを見つければ、それに乗り換えばいいとのことであった。

バスで高台にあるアポカリプシスの洞窟に向かう。付近にある聖堂は、1999年に世界文化遺産に登録されている。中には、煌びやかな燭台をはじめ、豪華な装飾品や調度品がたくさん展示してあった。そして、付近からの眺めは心が洗われるほどすばらしいものがある。皆シャッターを切るのに余念が無い。バスに戻ってさらに上を目指す。10分ほど走ったところに、町を一望するすばらしい景色の場所があった。景色を背景に写真を撮ってもらった。

そこから1時間ほどのところに、普通の住宅地の一角に佇むバーに立ち寄る。白い壁に水色の窓枠の小さなバーだ。ビールを一杯たしなみながら、日が沈んでいくのを見る。それは観光というよりも、何か日常を漂わせる空間のようにも感じられた。