リマはほとんど平地と考えてよいが、目的地のクスコは海抜3,360メートルもある。偶然にも富士山の本八合目とまったく同じ高さである。富士山すら登ったことがない僕だ。念には念をいれておかなければならなかった。富士登山なら半日か1日かけて移動する高低差を、今日は1時間の飛行で一気に移動することになる。クスコを訪れる日本人のほとんどが、少なくとも軽度の高山病にかかる、持参していた旅行ガイドにはそう書かれてあった。
それから、ふと防寒対策が必要だということに気付いてセーターを買うことにした。アルパカの専門店でいい色合いのセーターを見つけた。危うく忘れるところだったので、出発直前に準備できて良かった。
リマとクスコとの間は飛行機が頻繁に飛んでいる。時間帯によっては1時間に1本以上あることも。直線距離で千キロメートル、フライト時間は約1時間だから、ちょっと距離は違うが日本でいう羽田-伊丹線のような主要路線だ。ただ、日本の場合と決定的に違うのは、飛行機ではすぐ行けても車では容易に近づけないことだ。たとえ直線距離では近いとて、そこにはアンデスの大山脈が立ちはだかっている。車で行くとなると、山脈の障害が比較的少ない南部のアレキパまで行ってから北へ戻るように進路を変えつつ、道路事情の悪い山越えをすることになるから、実に32時間もかかるのだ。
地元のローカル路線であるスターアップに乗って、短いフライトを楽しむ。朝のフライトのため、サンドイッチと菓子パンの簡単な朝食が提供された。飲物は昨日から気になっていた「インカ・コーラ」にする。コーラという名前がついているが、黄色をした炭酸飲料だ。味は「MATCH」に似ているような感じ。
窓の外からは想像を絶するような、赤茶色で荒涼とした山脈が幾重にも連なっていた。そこには複雑でジグザグに張り巡らされた道があったが、確かにこれを車で移動するとなると気の遠くなるような思いがする。
これまで過去にも、あるいは、今回の旅でも何回も飛行機に乗っているが、この飛行機ではこれまでに無い不思議な体験をした。通常のフライトでは出発地を離陸して高度を上げて、一定の高度に達すると巡航速度で移動し、また同じように高度を下げて着陸するのが普通だ。
ところが、この飛行機では、リマを離陸して高度をどんどん上げて一定の高度に達するまでは同じだが、その後はまるでだんだん高度を下げているように、眼下の景色がどんどん近づいて見えるのだ。同じ高度で飛んでいるにもかかわらずだ。つまり、出発地と比べて目的地の高度が極端に高いことが手をとるようにわかるのである。
そして、無数の山脈群に囲まれた、とても着陸もできそうもない景色から、猫の額のような平地が突如として現れると、機体が急降下して一瞬のうちに着陸する。クスコの空港だ。よくもこんな秘境の山中に町を切り開いたものだと思う。そして、こんなところに空港を作ったものだと思う。実家近くの大阪伊丹空港は三方を山に囲まれていて、世界的にもパイロット泣かせの難コースとして知られているが、ここはその比ではない。四方八方山に囲まれているから当然と言えば当然だが。
空港に着くと迎えが来ることになっていたが、なかなか見つからない。あらかじめ自分の名前が書かれたボードを持って立ってくれていると思っていたが、どうやら勘違いのようだ。気付くのが遅かった。実際は、大声で知らせてくれていたのだ。
無事迎えの人に会うことができ、今日のクスコのホテルへの足が確保できた。だが、まだ出発できない。あとから来る便でこちらに向かうことになっている米国からの旅行客も一緒にピックアップするようである。少しだけ待って欲しいと言うことだったので、ターミナルビルの2階にあるコーヒースタンドで、独特の濃いコーヒーを飲みながら待つことにした。
1時間ほど待ったが、彼らは一向に来る気配を見せなかったため、最終的には僕だけがホテルに向かうことになった。当初同乗することになっていたその旅行客は翌早朝にクスコに着くことになったようである。そういうわけで、オスタルで過ごせる時間は残り少なくなった。1時間もしないうちに、早速クスコ市街のツアーが始まるからだ。
チェックインのあと、向かい見えたレストランで食事をすることにした。店内に入り、すぐできるメニューは何かと尋ねる。フィッシュ・アンド・チップスとよく似た魚のフライのタルタル漬けのメインディッシュ、それに飲物はジンジャーエールを注文した。
今日のクスコ市街地のツアーは英語で解説されるため、日本語が話せる人が近くにいると頼もしい。とても完璧な聞き取りができないから、聞き逃しがあっても、どちらかが聞いていれば内容を理解することができる。今日ほぼ1日行動をともにすることになった。
コリカンチャに着くと、ここで観光ガイドのスタッフや、他のオスタルから来たさまざまな国からの観光客と合流した。現在はサント・ドミンゴ教会になっているこの場所は、インカ帝国時代に、コリ(=黄金)カンチャ(=居所)と呼ばれる、太陽の神殿として作られたものである。
現在でも教会内にはコリカンチャの石組みの美しい姿を見ることができる。教会の見学を終えると、市街地ツアーの参加者全員が合流し1台のバスに乗り換えて、次の目的地であるカテドラルに移動した。
アルマス広場に面するバリシカ・カテドラルは16ものチャペルからなる大聖堂である。1550年代から建設が始まったこの大聖堂は100年以上かけてようやく完成したという壮大なものだった。中でも、300トンもの銀が使われたメインの聖堂は一際大きく、また荘厳な輝きをしていて目を見張るようであった。そしてその輝きは数百年経った今でも全く輝きを失うことがない。
別の祭壇には、全世界を旅行し「空飛ぶ教皇(空飛ぶ聖座)」といわれた、先代のローマ教皇ヨハネ・パウロⅡ世が1995年にサクサイワマン(ここの北西部にある要塞跡)を訪れたのを記念して、肖像画が掲げられていた。そして、そのサクサイワマンにこれからバスで向かうことになった。
ここは堅固な要塞であったが、1536年、侵略者に抵抗しここに陣取ったマンコ・インカ兵2万人は、スペイン人の夜襲に遭い、城壁ともども崩れ去ったといわれる。しかし、巨石を積み上げた壁は現在もその名残を残している。ここからはクスコの町が一望できるところだ。
その後、残る2つの遺跡、プカ・プカラとタンボマチャイ(聖なる泉)まで先ほどのバスに乗って移動。後者の遺跡には今も水が流れるところがあり、名前通り聖なる泉のようだった。ここでちょっと無理をして高台に登り、全景を見る。美しい景色に感動するも、ついに体のほうがいうことを聞かなくなってきた。情けない話だが、降りるところですっかりスローペースになってしまった。
最後の訪問場所ケンコーに移動するときには日没を迎え、ついに暗くなってくる。荷物になっていたはずの携帯の懐中電灯がここで役に立った。クスコの夜景は美しかったが、同時にめまいがしてきて、景色を楽しんでいる余裕がなくなってきた。これは高山病の初期症状に間違いなかった。ガイドブックには高山到着後元気に動くと良くないと書かれてあったが、到着すぐに観光があったから仕方が無い。ただ、タンボマチャイで無理をしたことを少し後悔する。
クスコ市街のツアーはこれにて終わり。
ホテルに戻って、予防のためさらにもう1錠薬を飲む。明日の朝は早いから、この症状がいつまでもつづかないで欲しいと願いつつ、ベッドに入る…。