2007年8月6日月曜日

Day26─頂点へ(マチュピチュ・ワイナピチュ)

朝4時半に起床。1階のダイニングには既にコンチネンタル・ブレックファーストを摂る宿泊客でごった返していた。彼らもおそらく早朝からマチュピチュに向かうものと思われる。おかわりを程々に席を立ち、リュックを預ける。カメラとムービーが辛うじて入るポシェットだけ持参し1泊した宿をチェックアウトした。坂を下りて昨日と同じバス乗り場へ。まだ6時前だというのに、バスを待つ列が既にできていた。

マチュピチュ遺跡のゲートは午前6時に開く。バスも6時始発と聞いていたのでそれに間に合うようにここに来たが、実際は開園に合わせて少し前から動いていた。バスチケットは昨日使ってしまったので、今日は改めて買い直す必要がある。片道6ドル、往復で12ドル。決して安くはないが、2時間もかけて山登りはとてもできないから、ここは文明の利器に頼ることにする。確かにほとんどの人がバスを利用するが、時々、バックパックを背負った人が山登りしているのを見かける。

30分弱で入り口に到着。開園の6時は少し回っていた。ゲートを越えて真っ先に先端のチェックポイントに向かう。昨日下見をしておいたのでほとんど時間をロスすることなく見つけることができた。このチェックポイントは朝7時に開く。テレビの映像でもお馴染みの遺跡群の背景にある急峻な山へ向かうゲートだ。この山はワイナピチュと呼ばれる。現地のケチュア語で「若い峰」を意味するこの山は、マチュピチュのシンボル的存在で、旅行客への人気も高い。但し、誰でも登れるのではなく、1日400人限定だ。

日によって異なるものの、朝7時に開いてから3、4時間後、つまり概ね11時頃には400人に達する。クスコを拠点に日帰りでマチュピチュを訪れるツアーもあるが、列車の到着は11時前頃だから、バスに乗って遺跡入り口のゲートに直行したとしても到底間に合わない。つまり、この山に登れるのはほとんどマチュピチュ、あるいは、麓のアグアスカリエンテスで宿泊する人たちの特権だ。

特権といえばもう一つある。ちょうど日の出にあたるこの時刻、峰々から顔を出す陽光を目の当たりにすることができることだ。7時12分頃、その瞬間はやって来た。幻想的な光景だ。あちらこちらからシャッターを切る音が聞こえた。

定刻から少し遅れてゲートが開く。既に前には数十人が列をなしていたが、安全のため一人ずつチェックポイント越えを許される。入り口の管理小屋で名前と年齢、それから入場時間を台帳に記録する。帰るときにも時間を記録する仕組みだ。帰りは午後4時までに戻ってこなければならない。台帳があるのは、戻らない人をチェックするためだという。

管理小屋を出てすぐは山伝いの緩やかな坂道を下る。それから、徐々に道は険しさを増す。そして今度は登りに転じる。そこからは断崖絶壁、急勾配の山道を登ることになる。足場が悪くなってくるため、慎重に前に進む。頂上へは約1時間かかると表のチェックポイントには書かれてあったが、40分ほどでインカの遺跡が見えてきた。そして尾根には先ほどまで居たマチュピチュが姿を現した。頂上へはもうすぐだ。

ワイナピチュは外からは緑色の森林だけからなる山に見えるが、実際は頂上は岩でできていることがわかる。洞窟のような岩塊の中を潜るように進むと、視界が一気に広がった。ついに頂点に来た。

ここはマチュピチュから数百メートル未満の高さのところにあるが、まわりに遮るものがなく360度視界が拡がっている。遥か先にはアンデスの頂きに万年雪が覆っているのが見えた。巨大な岩に立ったり座ったりしてしばし休む。ここから見るマチュピチュは絶景だ。

頂上からの眺めを楽しんだ後は、大きな岩盤になっている坂を慎重に降りる。そして、二手に分かれたところを右にいく。時には息が切れるほど険しい断崖絶壁を這うように進み、時には崖をはしごを降りて進む。途中では、朽ち果てた階段を補修している管理人に出会った。ひとつひとつ丁寧に新しい枕石をはめ込んでいくその姿は、気の遠くなる作業に思えた。ふだんは気が付くことはないが、こういった地道なとりくみが遺産を守り、その環境を保っていることを改めて気付かされる。1時間ほど山道を上り下りし、一瞬平地が見えたところに草に覆われた遺跡跡があった。遺跡には何の案内板も無い。まだまだ発掘が進まないのか、それとも、限がないから放置しているのかは分からないが、この国にはまだこのような感じで遺跡が眠っているのだろうか。数分ほど進むと洞窟が見えた。ここまで来る観光客はほとんどいない。静寂な時間が進む。

来た道を戻って、11時頃にはチェックポイントに着いた。台帳の自分の名前のところにチェックを入れて管理小屋を出て、そのまま段々畑を横切って遺跡の入り口へ戻る。遺跡の入り口付近にあるカフェテリアでパニーノと飲み物の軽食を取る。ついでにミネラルウォーターを注文しシャトルバスに乗り込んだ。

バスが出て最初の九十九折の道にさしかかったとき、インカ時代を思わせる民族衣装を身につけた少年が現れた。手を大きく振って「グッバーイ」と叫びながら見送っている。我々を見送ると彼は崖を全速力で降りて先回りし、下の道にさしかかったときにも再会。同じ少年とは最後まで何回もすれ違う。今はマチュピチュの名物となった「グッバイボーイ」だ。彼らは何もボランティアでこうしたことをやっているのではない。最後の道を越えて、マチュピチュの大看板が見える橋を渡る直前、運転手がバスの扉を開けて彼を迎え入れる。

観光客からの小遣い稼ぎに精を出しているのだ。見事な走りっぷりに、みな笑顔でチップを渡す。僕もカフェテリアで受け取ったおつりのコインを少し渡すことにした。ついでに彼は観光客が全員降りた後、再び遺跡のある場所へ乗せてもらっているようだ。帰りは快適な旅のようである。

麓の村に戻り、宿で預かっていた荷物を受け取って宿に別れを告げ、もう一度温泉に向かった。荷物を濡らすわけにもいかないので、今日はレンタルのサーフパンツを借りる。山登りで疲れた身体をゆっくり休ませることができた。そして、少し早い夕食をとる。昨日とは違う店に行こうと石畳の坂を往復したが、入りやすい店が見つからなかったところで、「アミーゴ」の声に引き寄せられて昨日と同じ店に戻る。今日はペルーの野菜スープと魚料理を戴く。

列車に乗るまでの少しの時間を利用し、アグアスカリエンテスの旧駅付近を散歩した。こちらも1日に数本しか走らないのであろうか、沿線沿いにはカフェテリアや店が立ち並んでいるが、線路にまで椅子を張り出しながらくつろいでいる婦人の姿を見た。猫も線路のまえにちょこんと座って、いかにものどかな光景だ。都会の喧騒とは無縁の世界がここにはあった。

そうしているうちに、刻一刻と出発時間が迫っていた。再び新駅に向かって坂を登っていく。駅までの道すがら、ひしめき合う露店を縫うように歩き、そのうちの一つでちょっとした土産物を買った。駅の真ん前で切り売りしていたケーキを道中のお供に買ってプラットホームへ急ぐ。コンパートメントに座るや、昨日と同じペルー人の家族と再会した。僕と同じく、彼らもマチュピチュで一泊したことがわかった。列車はまだ薄明るい午後5時に出発。すぐに日は傾き、夜のウルバンバを走る。そしてすっかり夜が更けた9時半頃、クスコのサンペドロ駅に到着した。