2007年8月15日水曜日

Day35─大自然の奇跡(フレーザー島)

昨日から滞在しているリゾート施設『キングフィッシャー・ベイ・リゾート』は、「地球の歩き方」にも紹介されていて日本でもお馴染みのはずだが、日本人はほとんど見かけない。その理由はどうも「言葉の壁」にあるようである。出発前にあらかじめ準備のためリゾートのホームページを拝見した際には日本語で懇切丁寧に説明がなされていたが、いざ予約する段階になって、やりとりはすべて英語だった。あとで間接的に聞いた話であるが、日本の旅行代理店を通じての予約は受けていないようである。オーストラリアの観光地はどこも日本人が溢れていて、あわよくば日本語でのツアーやサービスも受けられると思っていたので、これは意外に感じた。

ここでフレーザー島のことをちょっと紹介したい。ブリスベンの北およそ280キロメートルにあるハービーベイの沖合いにあり、南北123キロメートル、東西の平均が15キロメートルあるといわれ、砂でできた島としては世界最大である。ハービーベイ側(豪大陸側)とは反対に位置する島東岸の大部分が砂浜海岸になっており、通称「75マイルビーチ」といわれている。その名の通り南北100キロメートル以上におよぶ砂浜海岸の長さも世界最大だ。島の内陸部は今でこそ数えられないほど豊富に木々が茂っているが、根っこをよく見てみると完全に砂の上に立っていることがわかる。

この島が出来た経緯は、十数万年前に起きた豪雨により大陸東岸にあるグレートディバイディング(大分水嶺)山脈が削られ、それが砂となって沿岸部に流され、その後海流や風の影響により現在の場所に堆積していったという説が有力視されている。その後長い時間をかけて内陸部に亜熱帯雨林が形成されたのだ。

このリゾートはユネスコの世界遺産としても登録されている島の自然を保護しつつ、訪問客にその自然をありのまま楽しんでもらうように「エコリゾート」をコンセプトに運営されるとともに、専門のエコガイド(レンジャー)によるツアーや各種のアクティヴィティーが実施されている。滞在2日目の今日は、4WDバスで現地を満喫する「ビューティースポット・ツアー」に参加することになった。このツアーは島内観光でも最も人気があるツアーの一つで、1日かけて島の各所をめぐり、その多様な自然を満喫することができる。

簡単に朝食を済ませたあと、8時の集合時間に間に合うよう、30分前に集合場所のビレッジ・ストアーに急ぐ。今日はビーチにも立ち寄ると言うことで、すっかり旅のお供として離せなくなったデイパックにサーフパンツにサンダルと着替えを、それから帽子とカメラを入れておく。水中撮影するかも知れないので、念のためカメラ用のマリンケースも入れておいた。

今朝起きたときは涼しかったが部屋を出る前にはすっかり暖かかくなっていたので、服装はTシャツとハーフパンツにいつものスニーカーにする。だが、ビレッジ・ストアーに着いてから、ふと足が砂まみれになるのではと予感したので、待ち時間の間にレストルームでサンダルに履き替えることにした。部屋に戻っている時間はなかったので、それまで履いていたスニーカーは持ち帰らずにそのままデイパックにしまっておく。それからフロントでは準備できなかったミネラルウォーターをストアーで調達する。丸1日野外での活動になるため、途中で店があることを期待できないからだ。

4WDツアーということでミニバンでの移動になると思っていたが、時間が近づいてもそのような車をまったく見かけない。停まっているのは大型バスが2、3台だけだ。実はこれがツアー用の車だった。ほぼ時間通りにビューティースポットツアーに参加する人たちの点呼が始まった。僕が参加するツアー以外にもほぼ同時刻に同じ場所から出発ツアーが何種類かあるため、それぞれ別の大型4WDバスに分乗することになる。そのため、名前を聞き漏らしたり聞き間違えて別のバスに乗ってしまっては大変だ。特に東洋人の名前は彼らには慣れていないから正確に発音してくれるかわからず、こちらも注意して聞かなければならない。

いつまでたっても名前が呼ばれないのであせっていたが、ようやく最後の方になって呼ばれたのでほっとした。大したことではないと知りつつも、思ったよりも緊張を強いられるものだ。とりあえず無事にバスに乗り、後方窓際の席を確保する。そのうち、あとから来た日本人と思われる青年が隣に座ってきた。よく見ると後ろの座席には彼の両親と思われる2人の姿があった。

最初はどちらも黙って前を見ていたが、何がきっかけだったのか、どちらからとなく話しかけた。この島に来て初めて日本語を使った。それにしても、どうやってこの場所を訪ねたのであろうか?─その疑問はほどなく解けた。彼はここオーストラリアにワーキングホリデービザで滞在しているとのことであり、その両親がかねてから息子のいるオーストラリアを訪問したかったと言うことで、たまたまお盆休みを利用して訪問したのを機会にここフレーザー島を案内することになったとのことである。つまり、一般の観光客とはちょっと違う。彼はそれまでにもオーストラリアの各地を旅していたらしく、日本人にはほとんど知られていないいろんなお薦めスポットを紹介してくれた。

年齢を聞くと、彼は僕よりひとまわり若かったが、英語に関して言えば僕よりも遥かに流暢に話せていて、現地や欧米から来た他の観光客ともジョークを言い合うほど打ち解けているように感じられた。上達の秘訣を聞いてみると、最初来たときは現地の人たちが話すスピードが早くて何を言っているのか理解できず孤立感が強かったという。それでも、幾度と無く来る挫折感と闘いながら、勇気を出して相手の懐に飛び込んでいったのだ。それが壁を越えた理由だと言っていた。日本からのワーホリ滞在者はその手前で挫折し、楽に流されてしまい、日本人どうし固まって英語を使う機会を逃し、ついには目的を果たせないまま途中で帰国してしまうことが少なからずいるとの話だった。

さて、僕はというと、確かに旅の途中で止むに止まれず英語や現地語を使うことはあったが、真の意味で彼のように懐に飛び込むような深いコミュニケーションが、行く先々でできていたかというと甚だ疑問だ。あいさつやちょっとした会話、あるいは社交辞令の域を出ていなかったと思う。その意味から言えば、「旅とは何なのか」という問いに対して、彼から大切なことを教えられたような気がする。

大型の4WDバスは砂山を超えるたびに左右に激しく揺られる。リゾートを出るとすぐに島内の内陸部に入るが、自然さながらで道という道は無いに等しく、全く舗装されていない。ドライバーが「走行中(窓などに)頭をぶつけないように気をつけてください」と言っていたことがあながち冗談ではないことに気づいた。このツアー、車酔いする人には絶対におすすめできない。30分くらい車に揺られて、着いたのはちょっとした砂場にある駐車場。そこで全員がおりることになった。そこからなだらかな坂が始まる入り口には動物除けなのだろうか、鉄製の柵が設けられている。

すると、眼下に美しい砂浜海岸が見えた。でも実は海岸ではなく「湖岸」である。傍目から見れば海岸にしか思えないのだが…。ガイドからは「今は真冬だから湖に入る人は冷たいと覚悟してください」と念押しされ、大半の人は湖岸を遠巻きに眺めていたが、僕は気分が高揚していて「えいっ 行っちゃえ!」と入る気でいた。シャワーとトイレが一緒になっている野外のレストルームでサーフパンツに着替えて、鉄柵のドアを開け、坂を一気に駆け下りた。

湖岸でデイパックを置いてしばらく美しい景色に酔いしれる。上半身タオルを羽織っていても、時々吹き付ける風が寒さを呼ぶ。すると隣の席にいた彼が先に湖向かって飛び込んでいったので、僕も勢い余って後を追った。湖から数メートル進んだところで足が絡まって豪快に転倒。その衝撃で水しぶきが舞った。一瞬冷たさを感じ暫くは顔を湖水につけることができなかったが、次第にその冷たさが心地よくなってきた。砂浜に戻ったらかえって熱が奪われて寒く感じるから、水につかっているほうが何となく気持ちいい。

ふだんの僕はこんなキャラクターではないが、旅先の雰囲気は人の気質まで伝染させてしまうのだろうか。ここに来る前に、イタリア、スペインを経由してぺルーに立ち寄ったが、それでラテンのノリでも移ってしまったのであろうか。

ここはマッケンジー湖というところだ。手前は砂浜の白から水色、それから蒼へと3色の見事なコントラストを描いている。他方、遠くを見ると熱帯雨林の緑に青い空、白い雲。決して描くことのできない絵ハガキの写真のような光景が映っていた。この絶景を見逃すわけには行かない。浜に戻ってカメラを持ち出し、誰もいないエリアに移動しフォトショットに収めた。そしてマリンケースにカメラを収め、久しぶりの水中撮影にも挑戦。多少技術がなくてもそれを補ってくれる絶景だ。それからここに来た記念に、僕と彼との水中で写真を撮り合う。美しい時間はすぐに終わってしまい、バスに戻る時間になり、次の目的地に向かって出発した。

10時前にセントラル・ステーションに着いた。この場所はステーションという名になっているが、鉄道が走っている訳でも無ければ駅がある訳でも無い。ここは島南側の内陸部にある熱帯雨林の区域だ。ここには縦横無尽にウォーキングトレイルが設置されており、歩きながら自分の目で亜熱帯の森林を見ることができる。英語ガイドに連れられてトレイルを歩きながら、ところどころ景色をカメラに収める。特に小川が流れているところは圧巻だった。それは今まで見たことが無かった光景だからだ。

ふつうの小川の底は小石だったり土だったりして灰色や茶色などの濃い色をしているが、ここの川底は真っ白で、見るからに砂浜だ。


砂浜と小川、不思議なマッチング。それからここには幾本もの大木が生い茂っている。その生え際を見るとまさにさらさらの砂の上にあった。大自然の驚異はこうも不思議な景色を造り出すのか。もはや神の領域と言わざるを得ない。

しばらく廻りの景色に気をとられているうちにガイドとはぐれてしまった。複雑なウォーキングトレイルを何度も往復し、やっとのことでセントラル・ステーションに戻る。唯一の手がかりである日本人家族に再会しひとまず難を逃れた。セントラル・ステーション中心には解説のボードが張られた小屋があり、近くには松の木が生い茂っている。下には大きな松ぼっくりがたくさん落ちていた。ほかにも背が低い草などが力強く立っていた。水を吸い取る砂の上に熱帯雨林があるというこの現実を見ると、自然の驚異的な生命力を感じる。その後、島内に数少ないトイレに行って、イグアナを追いかけていった。

動物写真をとるのは思ったよりも大変だ。こちらからは動きが読めないし、人間が容易に入れないところに移動していしまうことも多いからである。そのうちそのねぐらを目指して追いかけているうちにピンチが訪れた。さっきまでそこにいた、日本人家族をはじめとするツアーメンバーが誰一人いなくなってしまったのだ!

再び前の駐車場にもどったのではないかとウォーキングトレイルを走りながら探す。縦横無尽のトレイルのどこへ行けばいいか、混乱してしまう。するとガイドに連れられたツアー客がいた。「助かった」と思ったが、誰一人として見覚えが無い。脈がないのでその場を離れると、何のことか! 三たびセントラル・ステーションに戻ってしまったのだ。今度はそこから上にいって駐車場のような広場を探す。その駐車場はバスが入られるスペースが無く、家族で着ている小型の4WD車が数台あるだけだった。そして元に戻って別の駐車場に2台の4WDバスを見つけた。しかし、2台とも見覚えが無い。既にバスは僕を置いて去ってしまったのだ!

幸い、近くに待機していたドライバーがいたので事情を説明し、座席で2、30分待つことになった。一旦バスを下り、そのツアー客全員が乗って空いた席に座らせてもらうことができたが、上からポタポタと水滴が落ちてきた。雨漏りしているようだ。自分の不手際で迷子になった手前、文句の言いようが無い。不幸中の幸いか、僕がピックアップさせてもらった別のツアーバスも、同じユーロンビーチ・リゾートでランチタイムに立ち寄ることになっていたので1時間ぶりに再会する。これまでの旅で最大の恥をさらしてしまった。元のツアーメンバーと合流したときに拍手で迎えられたが、恥ずかしさを隠し切れなかった。

これまでの旅は1人だったから、全部自分のペースで行動してきたが、集団で移動するときの単独行動は気をつけなければならないことを改めて思い知らされる出来事だった。僕にとってこれは厳しい洗礼だ。到着が遅くなった分、食事時間も長くはとれない。自分のグループの食事時間はほとんど終わりかけていた。急いでバフェットランチをかきこみ、休む間もなく元のバスに乗った。食事を抜かなくて済んだ分だけまだましだった。

リゾートを出発して10分くらい走っただろうか、正午過ぎには島の東岸にある75マイルビーチが見えた。砂浜が延々と続くこの場所を大型バスが疾走する。暫く走ると砂浜しかないところなのに、窓の外に黄色いエアポートの標識が見えた。すると、間もなく白地に水色と青色の流線が描かれたセスナ機が止まっていた。この島を思わせる外観だ。


これから砂浜の滑走路を離陸して15分の遊覧飛行をする。ガイドの人がバスの乗客に希望者を募っていた。100豪ドルは高い搭乗料だが、滅多な機会ではないので手を挙げた。僕は熱帯林側の席、パイロットのすぐ後ろに座った。

間もなくプロペラが回転を始め、その振動が座席にも徐々に伝わってくる。十分回りきったところでスピードを上げてゆく。窓越しにタイヤが回転するのが見えるが、砂に接地している光景は不思議だ。砂浜をドライブできる場所は日本にも能登半島の千里浜など何ヶ所かあるだろうが、離着陸できる場所はおそらく世界でもここぐらいだと思う。天然の飛行場だから管制塔も無ければ旅客ターミナルも無い。

離陸して数分、まずは空の上からフレーザー島を見る。しかし、窓を開けながら飛行するくらいだからそんなに高いところまでは飛ばない。島の全景まで一望できないのはそれが理由かもしれない。それでも、セスナから全景が確認できないほど、この島が思ったよりも大きく感じられた。暫くすると旋回を始め、熱帯林の大パノラマが一望できた。これらの森がすべて砂の上に立っているなんて、信じられない! そうとは言っても、これは事実なのだ。ところどころに砂だけが露出したスペースがそれを物語っている。よく見てみると、一見熱帯林だらけに見えるところにも、ごくわずかに砂だけの点が見えるところがある。まるで砂漠の写真を「ネガ」にしたような不思議な風景だ。自然の驚異は人間の想像をはるか超えた、神の創造なのか。

やがて海の真上を飛び、旋回する。水色一色の世界に薄い黒い影を見た。パイロットが「くじらがいるぞ」と叫ぶ。単独で海を悠々と泳ぐ姿はなんとも威厳があるようにも見える。それからまた旋回して角度が変わると、海は全く別の表情を見せる。無数の波が陽光で反射し、眩しいほどの輝きを見せる。75マイルビーチの雄大な姿も堪能した。

空の旅を終えたセスナは再び天然の滑走路に戻る。今度は自分の席が海側になって着陸した。空を飛んでいたのに海岸をドライブしているような不思議な光景だった。僕は最初の乗客だったが、フライトの様子を見てだろうか、後を追うように希望者が手を挙げ、結局3回ほどセスナは飛んだ。フライトを終えた人、次のフライトを待っている人、そして乗らない人は、4WDバスで海岸を疾走する。それもまた爽快だ。セスナに乗っているときにはバスがミニカーのように見えたが、逆にバスからセスナが飛び立つ姿は大きく見えた。

全てのフライトを終え全員がバスに乗り込んで暫く走ると、あちこちに岩山が点在しているところが見える。固い砂が長年かけて造ったものだろう。場所は覚えていないがそのうちのある場所でバスを降りて見学する機会があった。表面は固くも見え、崩れそうに脆くも見える。また、あるところには岩の際から木が生えているところもある。その生命力には驚くばかりだ。何か自分の存在が小さく見える。

そして、次はちょうど島の中部、難破船が放置されている場所を目指す。着いたところは、エメラルドグリーンの水溜りに浮かぶ「難破船マヘノ号」。リゾートにあるレストランの名称にも採用されているこの名前は日本語を想像させる。実際、日本の船が難破してここまで流されたようだ。しかし船は砂浜に打ち上げられたまま何十年も棚晒しになっているのか、鉄が酸化して錆びた状態で骨格だけが残っている。先端部は既に朽ち果てていて、その残骸がわずかに点在していた。

その廻りには不思議なことに由来を示した看板はどこにも見つからない。ガイドブックにもこの難破船は紹介されているが、説明については何の言及も無かった。近くまで行って覗くと看板があったので見てみたが、説明書きの類ではなく単に立ち入り禁止と注意を喚起する看板だった。

最後に訪ねたのは海の方向に流れる「エリークリーク」と呼ばれる小川。この島では有名な景勝地だそうだ。河口付近はこどもが水浴びができるほど浅かったので大したことは無さそうだ。サーフパンツに履き替えるのは面倒だったので、そのまま河岸のウォーキングトレイルで奥に向かう。トレイルの終点には階段で川に下りることができる。川に入ったら、水は思ったよりも冷たく気持ちいい。川底はもちろん砂になっているから、足の感覚は川を歩いているより海水浴にでも行っているようだ。深さは膝下くらいだったが、10数メートルほど歩いたところで左足が「ずぶっ」と沈んだ。

思わず「オーマイゴッド」と叫んでしまった。パンツも下着ももうズブ濡れだ。濡れてしまったらもうどうでも良くなる。すぐさま2周目を歩いていたら、バスの出発時刻が迫ってきた。座席にバスタオルを敷いたまま座る。再び内陸の砂道を左右に揺られながら帰り道を行く。リゾート着いたら真っ先に自分の部屋へ。バスタブへ急ぎついでにぬれたパンツも洗って部屋干しした。

夕食はツアーで知り合った彼とその家族と同席することに。2人以上で食事したのはこれで2回目。嬉しいごとに今夜はご馳走させて戴くことになった。リゾートの食費は高かったので助かった。お礼といっては何だが僕の部屋に案内し、小型パソコンに保存している旅紀行の写真を見せることにした。彼らは車での移動ということで明日いっぱいここに滞在できるが、僕は7時にチェックアウトしてカタマラン(ボート)とコーチバスを乗り継がなければその日のうちにブリスベンに着けないので、ここでお別れとなった。

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