ここでフレーザー島のことをちょっと紹介したい。ブリスベンの北およそ280キロメートルにあるハービーベイの沖合いにあり、南北123キロメートル、東西の平均が15キロメートルあるといわれ、砂でできた島としては世界最大である。ハービーベイ側(豪大陸側)とは反対に位置する島東岸の大部分が砂浜海岸になっており、通称「75マイルビーチ」といわれている。その名の通り南北100キロメートル以上におよぶ砂浜海岸の長さも世界最大だ。島の内陸部は今でこそ数えられないほど豊富に木々が茂っているが、根っこをよく見てみると完全に砂の上に立っていることがわかる。
このリゾートはユネスコの世界遺産としても登録されている島の自然を保護しつつ、訪問客にその自然をありのまま楽しんでもらうように「エコリゾート」をコンセプトに運営されるとともに、専門のエコガイド(レンジャー)によるツアーや各種のアクティヴィティーが実施されている。滞在2日目の今日は、4WDバスで現地を満喫する「ビューティースポット・ツアー」に参加することになった。このツアーは島内観光でも最も人気があるツアーの一つで、1日かけて島の各所をめぐり、その多様な自然を満喫することができる。
簡単に朝食を済ませたあと、8時の集合時間に間に合うよう、30分前に集合場所のビレッジ・ストアーに急ぐ。今日はビーチにも立ち寄ると言うことで、すっかり旅のお供として離せなくなったデイパックにサーフパンツにサンダルと着替えを、それから帽子とカメラを入れておく。水中撮影するかも知れないので、念のためカメラ用のマリンケースも入れておいた。
今朝起きたときは涼しかったが部屋を出る前にはすっかり暖かかくなっていたので、服装はTシャツとハーフパンツにいつものスニーカーにする。だが、ビレッジ・ストアーに着いてから、ふと足が砂まみれになるのではと予感したので、待ち時間の間にレストルームでサンダルに履き替えることにした。部屋に戻っている時間はなかったので、それまで履いていたスニーカーは持ち帰らずにそのままデイパックにしまっておく。それからフロントでは準備できなかったミネラルウォーターをストアーで調達する。丸1日野外での活動になるため、途中で店があることを期待できないからだ。
いつまでたっても名前が呼ばれないのであせっていたが、ようやく最後の方になって呼ばれたのでほっとした。大したことではないと知りつつも、思ったよりも緊張を強いられるものだ。とりあえず無事にバスに乗り、後方窓際の席を確保する。そのうち、あとから来た日本人と思われる青年が隣に座ってきた。よく見ると後ろの座席には彼の両親と思われる2人の姿があった。
最初はどちらも黙って前を見ていたが、何がきっかけだったのか、どちらからとなく話しかけた。この島に来て初めて日本語を使った。それにしても、どうやってこの場所を訪ねたのであろうか?─その疑問はほどなく解けた。彼はここオーストラリアにワーキングホリデービザで滞在しているとのことであり、その両親がかねてから息子のいるオーストラリアを訪問したかったと言うことで、たまたまお盆休みを利用して訪問したのを機会にここフレーザー島を案内することになったとのことである。つまり、一般の観光客とはちょっと違う。彼はそれまでにもオーストラリアの各地を旅していたらしく、日本人にはほとんど知られていないいろんなお薦めスポットを紹介してくれた。
年齢を聞くと、彼は僕よりひとまわり若かったが、英語に関して言えば僕よりも遥かに流暢に話せていて、現地や欧米から来た他の観光客ともジョークを言い合うほど打ち解けているように感じられた。上達の秘訣を聞いてみると、最初来たときは現地の人たちが話すスピードが早くて何を言っているのか理解できず孤立感が強かったという。それでも、幾度と無く来る挫折感と闘いながら、勇気を出して相手の懐に飛び込んでいったのだ。それが壁を越えた理由だと言っていた。日本からのワーホリ滞在者はその手前で挫折し、楽に流されてしまい、日本人どうし固まって英語を使う機会を逃し、ついには目的を果たせないまま途中で帰国してしまうことが少なからずいるとの話だった。
さて、僕はというと、確かに旅の途中で止むに止まれず英語や現地語を使うことはあったが、真の意味で彼のように懐に飛び込むような深いコミュニケーションが、行く先々でできていたかというと甚だ疑問だ。あいさつやちょっとした会話、あるいは社交辞令の域を出ていなかったと思う。その意味から言えば、「旅とは何なのか」という問いに対して、彼から大切なことを教えられたような気がする。
大型の4WDバスは砂山を超えるたびに左右に激しく揺られる。リゾートを出るとすぐに島内の内陸部に入るが、自然さながらで道という道は無いに等しく、全く舗装されていない。ドライバーが「走行中(窓などに)頭をぶつけないように気をつけてください」と言っていたことがあながち冗談ではないことに気づいた。このツアー、車酔いする人には絶対におすすめできない。30分くらい車に揺られて、着いたのはちょっとした砂場にある駐車場。そこで全員がおりることになった。そこからなだらかな坂が始まる入り口には動物除けなのだろうか、鉄製の柵が設けられている。
湖岸でデイパックを置いてしばらく美しい景色に酔いしれる。上半身タオルを羽織っていても、時々吹き付ける風が寒さを呼ぶ。すると隣の席にいた彼が先に湖向かって飛び込んでいったので、僕も勢い余って後を追った。湖から数メートル進んだところで足が絡まって豪快に転倒。その衝撃で水しぶきが舞った。一瞬冷たさを感じ暫くは顔を湖水につけることができなかったが、次第にその冷たさが心地よくなってきた。砂浜に戻ったらかえって熱が奪われて寒く感じるから、水につかっているほうが何となく気持ちいい。
ふだんの僕はこんなキャラクターではないが、旅先の雰囲気は人の気質まで伝染させてしまうのだろうか。ここに来る前に、イタリア、スペインを経由してぺルーに立ち寄ったが、それでラテンのノリでも移ってしまったのであろうか。
10時前にセントラル・ステーションに着いた。
ふつうの小川の底は小石だったり土だったりして灰色や茶色などの濃い色をしているが、ここの川底は真っ白で、見るからに砂浜だ。
砂浜と小川、不思議なマッチング。それからここには幾本もの大木が生い茂っている。その生え際を見るとまさにさらさらの砂の上にあった。大自然の驚異はこうも不思議な景色を造り出すのか。もはや神の領域と言わざるを得ない。
動物写真をとるのは思ったよりも大変だ。こちらからは動きが読めないし、人間が容易に入れないところに移動していしまうことも多いからである。
再び前の駐車場にもどったのではないかとウォーキングトレイルを走りながら探す。縦横無尽のトレイルのどこへ行けばいいか、混乱してしまう。するとガイドに連れられたツアー客がいた。「助かった」と思ったが、誰一人として見覚えが無い。脈がないのでその場を離れると、何のことか! 三たびセントラル・ステーションに戻ってしまったのだ。今度はそこから上にいって駐車場のような広場を探す。その駐車場はバスが入られるスペースが無く、家族で着ている小型の4WD車が数台あるだけだった。そして元に戻って別の駐車場に2台の4WDバスを見つけた。しかし、2台とも見覚えが無い。既にバスは僕を置いて去ってしまったのだ!
幸い、近くに待機していたドライバーがいたので事情を説明し、座席で2、30分待つことになった。一旦バスを下り、そのツアー客全員が乗って空いた席に座らせてもらうことができたが、上からポタポタと水滴が落ちてきた。雨漏りしているようだ。自分の不手際で迷子になった手前、文句の言いようが無い。不幸中の幸いか、僕がピックアップさせてもらった別のツアーバスも、同じユーロンビーチ・リゾートでランチタイムに立ち寄ることになっていたので1時間ぶりに再会する。これまでの旅で最大の恥をさらしてしまった。元のツアーメンバーと合流したときに拍手で迎えられたが、恥ずかしさを隠し切れなかった。
これまでの旅は1人だったから、全部自分のペースで行動してきたが、集団で移動するときの単独行動は気をつけなければならないことを改めて思い知らされる出来事だった。僕にとってこれは厳しい洗礼だ。到着が遅くなった分、食事時間も長くはとれない。自分のグループの食事時間はほとんど終わりかけていた。急いでバフェットランチをかきこみ、休む間もなく元のバスに乗った。食事を抜かなくて済んだ分だけまだましだった。
これから砂浜の滑走路を離陸して15分の遊覧飛行をする。ガイドの人がバスの乗客に希望者を募っていた。100豪ドルは高い搭乗料だが、滅多な機会ではないので手を挙げた。僕は熱帯林側の席、パイロットのすぐ後ろに座った。
間もなくプロペラが回転を始め、その振動が座席にも徐々に伝わってくる。
離陸して数分、まずは空の上からフレーザー島を見る。
空の旅を終えたセスナは再び天然の滑走路に戻る。
そして、次はちょうど島の中部、難破船が放置されている場所を目指す。
その廻りには不思議なことに由来を示した看板はどこにも見つからない。ガイドブックにもこの難破船は紹介されているが、説明については何の言及も無かった。
最後に訪ねたのは海の方向に流れる「エリークリーク」と呼ばれる小川。この島では有名な景勝地だそうだ。河口付近はこどもが水浴びができるほど浅かったので大したことは無さそうだ。サーフパンツに履き替えるのは面倒だったので、そのまま河岸のウォーキングトレイルで奥に向かう。トレイルの終点には階段で川に下りることができる。川に入ったら、水は思ったよりも冷たく気持ちいい。川底はもちろん砂になっているから、足の感覚は川を歩いているより海水浴にでも行っているようだ。深さは膝下くらいだったが、10数メートルほど歩いたところで左足が「ずぶっ」と沈んだ。
夕食はツアーで知り合った彼とその家族と同席することに。2人以上で食事したのはこれで2回目。嬉しいごとに今夜はご馳走させて戴くことになった。リゾートの食費は高かったので助かった。お礼といっては何だが僕の部屋に案内し、小型パソコンに保存している旅紀行の写真を見せることにした。彼らは車での移動ということで明日いっぱいここに滞在できるが、僕は7時にチェックアウトしてカタマラン(ボート)とコーチバスを乗り継がなければその日のうちにブリスベンに着けないので、ここでお別れとなった。
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