2007年7月18日水曜日

Day7─南北大移動(ケープタウン→オスロ)

ケープタウンを夜8時半頃出発し機中で1泊、翌朝にはロンドンのヒースロー空港に着く。この旅では2回目の大移動だったが、疲れは感じなかった。というのも、ケープタウンとロンドンでは、1時間の時差しかないからだ。しかも、次の目的地であるノルウェーでは、その1時間も戻るため、時差は全くなってしまう。

ヒースローでは約6時間の待ち合わせ。ロンドンを素通りするなんてもったいないかも知れない。けれども、それよりも北欧へ行きたいとの思いが強かった。ヒースローには4つのターミナルがある。そのうち、第4ターミナルに向かうところだけ行列ができていた。第4ターミナルは英国の航空会社、ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)のターミナルだ。

近年、度々テロの被害に遭うことが目立ってきたロンドンのこと、殊に警戒されているようだ。機内持込の手荷物も必ず一つにまとめなけらばならないし、ペットボトルの飲物も一切持ち込めなくなっている。せっかく機内でまっさらのミネラルウォーターをもらったが、ここであえなく没収となった。それにしても、6時間しか滞在せず、なおかつ、空港から一歩も外へ出ない乗客に対してそこまでやるのかと、一言二言はグチでも言ってみたい気になる。

ようやく乗り換えのターミナルに着くと、あっという間に時間が過ぎてしまった。ここで友人と家族に電話をする。こちらの朝11時は、日本では夜7時だ。アフリカでは思ったように電話がつながらなかったので、とりあえず無事ロンドンに着いたことだけ報告しておく。まもなくオスロ行きの搭乗案内があった。

2時間ちょっとでオスロに着いた。入国はいたってスムーズ。既にいくつもスタンプを押してあるパスポートを係官に見せると、滞在目的と滞在期間と次の目的地を聞かれたが、「フィヨルド観光で4日滞在、このあとはヘルシンキに行く」と答えたら、すぐ通してくれた。空港のターミナルで少し休憩しようと時計を見ると4時半になっていた。まず、売店で『ロンリープラネット』の本を購入。そしてターミナルの広い場所に目を向けると、久しぶりにインターネットの機械を見つけた。

今まで唯の一度さえ更新できていない英語版の旅行ブログを更新しようと試みる。この機械は現地通貨のコイン専用となっていたため、日本出発から持ち続けてきたノルウェークローネの紙幣で飲物を購入しておつりをもらう。それを持って、インターネットの機械へ向かう。しかしながら、これがなかなかの曲者だ。日本では英語の26文字のアルファベットのキー配列に慣れているからブラインドタッチができるが、英語以外の言葉が話されている国に行くと、補助記号があったりして当然のことながらキー配列は微妙に異なってくる。特に、アルファベットと直接関係しない括弧などの記号やファンクションキーなどは全然違うから、間違っては打ち直し、送信する直前に時間切れでシャットダウンすること幾度も。ついには用意していた硬貨も底を着き、また紙幣をくずす、その繰り返し。インターネットは世界共通といえども、使い勝手はそれぞれの国でカスタマイズされている。当然といえば当然だが、体験して初めて気付くものでもある。

もう一つの試練は物価高。北欧は物価が高いとの前評判どおりだった。空港で食事し夕食費を切り詰めようとしたが、パンにゆでたキャベツとえびマヨをはさんだものに飲物をつけただけで、日本円で千数百円もする。高すぎだ。そうこうしているうちに、予想外に空港で時間を浪費してしまい、午後11時を過ぎてからオスロ市内に向かう高速列車に乗り込んだ。

この列車「フライ・トゥ・ゲット」は空港からオスロ中央駅まで途中1駅しか停車駅がなく、10分もあれば着いてしまう便利な乗り物だ。しかも朝早くから深夜まで20分間隔で走っている。外観も銀色をしている都会的なデザインだが、内装もこだわりがあるようだ。北欧のデザインセンスはいいといわれているが、期待を裏切らない見事なつくりだった。

結局日付が変わるか変わらないかという時に駅前のホテルにチェックインしたが、その割には空が明るかった。そのためか、あまり夜遅くなったという感じはしない。ただ人通りが少ないことが唯一夜遅いことを気付かせてくれる唯一の手がかりだ。翌朝は、世界遺産のガイランゲルフィヨルドに向かう。明日朝8時の列車に遅れないように、今夜は部屋でゆっくり休むことにした。